2013年9月28日土曜日

アルルの夜のカフェにて(ジヌー夫人)・・・ゴーギャン

ゴッホも同じジヌー夫人をテーマに絵を描いたが、二人の描き方は別として、
同一人物を描いたと分かるほど、(姿、形が)似ている。

二人共に、描写力が優れていたことの証だろうと思う。

ゴーギャン作 ↓

アルルの夜のカフェにて(ジヌー夫人) 

ゴッホ兄弟の生涯

自然と泪が出てくるような生涯でした。

ゴッホ兄弟の生涯

モンゴル横断鉄道

モンゴル横断鉄道ということでいいのだろうか

2013年9月27日金曜日

高画質・ワンタッチ写真全盛時代の絵画

油絵にも、無意識になっているかも知れないが、ルールはある。 ほとんどが四角いキャンバスに描くし、それは正方形ではない。
また、白黒で描く人はほとんどいない。それに、キャンバスは埋め尽くす。地肌を露出させることはほとんどない。
しかし、昔はいろいろ、価値(基準?)が変わっていた。 だいたいが、宗教的な絵から始まった様子。 それに、白黒写真ももちろんカラー写真もない時代に、資産階級の肖像画としての「絵描き」という需要はあった。 その年代の風俗(生活)を絵にするという考えは後になって出てきた。風景も比較的近年になって描かれるようになった。
油絵具をチュ-ブに入れる技術が確立されてから、屋外で写生する画家も多くなってきた。 人体の解剖学や遠近法を学ばなくても、メッシュを通して対象物を細かに見て書き写すという作業を繰り返せば不自然ではない遠近法に則った絵は描けたと思う。
今なら、写真に細かなメッシュをかけて、相似形のものをキャンバスに描き移すとか、スライド投影機で投影させながらなぞるという作業をすれば、迫真の「絵」が描けるだろう。
しかし、高画質・ワンタッチのオールカラーのカメラが出来て、PCで明るさや色の濃さまで手軽に調節・固定できるような時代に、写実的でリアルな絵に、どれほどの人が感動するだろうか?
また、金さえ出せば行って見れるような素晴らしい景色の、すぐさまカメラを取り出して、「記録に収めたくなるような」景色を絵にしたところで、どれだけ心がわくわくするだろうか?
そうして思いをめぐらしてみると、ゴッホのへたくそな絵が、どうして「へたくそ」で終わらずに、様々な人を感動させるかが分かるような気がする。
後世にゴッホが評価されたのは、オールカラーの細密な写真が、いとも簡単に記録できるようになってしまったことと無縁ではないような気がする。 もちろん音楽や小説やNEWSや、その他諸々と同じように、人の感性には個人差があるので、感じ方は千差万別だろうけど。
ヴラマンクの絵もいいところがあるけど、なにかあまりにも簡単に描きすぎているような気もして、自分のいいなと思う絵は、モネやゴッホやスザンヌ、佐伯祐三辺りで、止まってしまっている。こいうのも「個人差」なのだろうが。

産業革命は1760年代~1830年代 ライトは1734年~1797年

「産業革命」という言葉が初めて使われたのは1837年、ルイ・オーギュスト・ブランキによってである。その後、1844年にフリードリヒ・エンゲルスによって広まり、アーノルド・トインビーが著作の中で使用したことから学術用語として定着した。もともとは1760年代から1830年代にかけてイギリスで起こった。

ジョセフ・ライトについて
ジョセフ・ライト(英: Joseph Wright、1734年9月3日 - 1797年8月29日)

ジョセフ・ライトが産業革命を題材に絵を描いた最初の画家というのもうなずける。

ジョセフ・ライトの「空気ポンプの実験」(1768年)ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

肖像画制作というと「芸術」とは別物のような感じがしますが、カラー写真のない時代に、これだけ写実的な絵は感嘆の的だっただろうと察します。
肖像画で生計を立てられたのもうなずける腕前です。
かなり大きな絵であり、出来上がるまでの根気の要った作品でしょう。