2014年3月1日土曜日

濃尾地震 日本史上最大の内陸地震 1891年

濃尾地震(のうびじしん)は、1891年(明治24年)10月28日濃尾地方で発生した、日本史上最大の内陸地殻内地震。「美濃尾張地震(みの・おわりじしん)」とも呼ばれている。

濃尾2県はもとより、近隣の滋賀県福井県にも被害は及んだ。明治時代では最大規模の地震であり、宇佐美龍夫“新編日本被害地震総覧”によると、死者は7273名、負傷者17175名、全壊家屋は14万2177戸を数えた。震央近くでは、揺れにより山の木が全て崩れ落ち、はげ山になったなどと伝えられる。また岐阜市と周辺では火災が発生し被害を大きくした。岐阜の壊滅を伝える新聞記者の第一報は、「ギフナクナル(岐阜、無くなる)」だったという。
濃尾地震の震度分布は大森房吉により求められ、名古屋など愛知県から岐阜県、福井県を貫く広い範囲で震度6相当となっている。だが、当時の震度階級は4段階で最大でも震度6相当であり、根尾谷を始め、岐阜県西部から愛知県にかけて家屋倒壊率が90%を上回る地域もあり、震度7と推定される地域も美濃から尾張(一部越前三河)にかけて分布している[5][15]

記録のある過去の歴史地震では、745年6月5日(天平17年4月27日)に美濃を中心として発生した天平地震が濃尾地震と類似した地震とする見方もある[6][7]。また1586年1月18日(天正13年11月29日)に発生した天正地震も、この地域を襲っており、より広大な範囲に被害をもたらしているが、震源域は不明な点が多い[8]

745年 天平地震
1586年 天正地震
1891年 濃尾地震

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